ローンや保険料を払うのがキビシイ!と感じたらお読み下さい

毎月の住宅ローンや保険料が払えない時のプランナー

ついに光熱費や家賃が払えなくなった3

自宅マンションは追い出されるわけにはいきません。事務所を退去したので家賃は苦しくなくなったのではと思いきや、すでにすべての支払に支障が出ている状況です。自宅マンションもいつ追い出されても不思議はない状態です。

 

事務所は建物オーナーが不動産会社でしたので家賃もその会社への直接振り込みでしたが、マンションは分譲マンションの賃貸でしたのでオーナーではなく謎の引き落としでした。契約時の仲介不動産屋で言われるがままに手続きをしているので詳細はあんまりよく覚えていません。

 

 

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ついに光熱費や家賃が払えなくなった2

当時は仙台駅前に事務所を、仙台駅徒歩10分のところにマンションを借りていました。事務所の家賃が10万円、自宅マンションが15万円です。今思えば別に店舗ではないので、かなり前に事務所をたたんでも問題な買ったのではないかとも思いますが結局完全に行き詰るまで借り続けていました。

 

事務所に関しては東京の不動産会社がオーナーで家賃も直接そこに振り込む契約です。入居の際に物件に空きが多かったので、最初の金額交渉で下げてもらっており他の入居者より安い価格で入っておりました。

 

ところが地震翌月からなんとなく遅れがちになります。月末に先方の口座へ振り込む契約になっていたのですが、こちらの入金スパンの問題で翌月10日頃になってしまっておりました。

 

先方も入金確認するのが月末から1週間位あとなので、じつはこのくらいの遅れであれば何も言ってこない会社でした。こちらもそれをいいことに少しづつ支払いをずらしていきました。

 

とりあえず支払いが遅れがちになった頃は払える金額は手元にあったのです、でも遅れても怒られないので何かあったときのためにすんなり払いたくないという心理がはたらくのです。ですからなんとなく払いたくない。

 

そういうことで毎月月末払いだったのがいつしか翌月15日払いまで支払いが遅れるようになってしまいました。で、この15日の根拠ですが単純に先方が入金の連絡をよこす電話がこの頃というだけのことです。

 

15日までに入金が確認できないと先方が連絡をくれます。「すいません、今忙しいので今週内には入金しますので」と言えば「ではお願いします」で終わってしまい、常時ほぼ1ヶ月の遅延状況が当たり前になっておりました。

 

そしてついに先月分が払えないままに今月分の支払いに突入です。月が変わり2ヶ月分の請求連絡がきます。とりあえず1ヶ月分はすぐ入れますのでと返事をして、特にあてもなくマイナス1の支払状況となりました。

 

そしてビルのオーナー会社の役員が突然訪れたのです。東京の大きな不動産会社ですから定期的に持ちビルを巡回しているようで、特に震災の被災地である仙台は新幹線や交通機関も復旧したので視察に来たとのことでした。

 

震災の後だから家賃の遅れはある程度はしょうがないと思っている、しかしどんどん遅れていきついに1ヶ月遅れになったが、いつ解消できるのかと本当に解消できる見込みがあるのかを問われました。

 

そしてこの状況の入京者は私だけではないということ、逃げる、裁判など双方に遺恨の残るような解決策は望んでいないことを告げられました。そして2週間もしないうちに支払日が来るが2ヶ月分を払えるのかを聞かれました。

 

もう2ヶ月分を支払える見込みはありません、1ヶ月分は払えるということを告げましたが、今後も本当に払えるのかを自問してみたところで厳しい状況なのはわかっています。事務所とはいえ退去するにも清掃費は掛かってしまいます。

 

敷金は3ヶ月分払ってあります、この敷金で精算出来る範囲内まで考えさせてもらえますか?と申し出ると「わかりました」とのお返事。先方も面倒な入居者とこれ以上こじれるよりこのほうが面倒がないとの判断でしょう。

 

要するに実質退去勧告→自主退去ということですから。

 

そしてその月も結局家賃を支払わずに月が変わりました。クルマも売却してしまっていたので、事務所内の荷物は高校時代の同級生にお願いして自宅マンションに運び出しました。地震で荷物もだいぶ減りましたし、ホワイトボードや応接セット等売却できそうなものはリサイクル屋に売却です。

 

そしてビルのオーナー会社に電話をして敷金で精算していただけるよう申し出、了承していただき無事平和的に退去となりました。

 

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ついに光熱費や家賃が払えなくなった1

公共料金や健康保険など本来払わなければならないものを払わないできましたが、そろそろ払って下さいという連絡がぽつりぽつり送られてきます。

 

引き落とし口座の残高は何も入っていないので引き落としがされることはありません。そして1回引き落としが掛からないとどうなるか?がわかるまではドキドキしますが、1回2回と引き落としが掛からない程度では、未納ハガキが来る程度ですので何にも怖いことはないのです。

 

とはいえ当たり前の話ですが払わなければならないものを払わなくていいです、となったわけではありませんので、まとまって請求がくるわけです。いままで払っていない何ヶ月分かを分割でも払わなければなりません。

 

と言ったところで払える目処もなく放っておけば、電気を止めますといった督促状が届くようになり始めます。という感じでとりあえず"止めます"通知がきたら払うの繰り返し、3ヶ月遅れ状態くらいになっています。

 

とりあえずは電話が止まってしまうと仕事に支障が出ますので、最優先で電話代、それ以外は常にギリギリ止まらないという状態です。

 

水道代は震災時に無料でそのあとも減免申請なんかで書類を書けば無料なり減額にしていただけ、そこはそのような通知が送られてきたのでさっと対応。市役所にの水道課に行って書類を提出、特に面倒な手続きもなく終了です。

 

ガスに関しても結構ゆるく、支払いができないとオレンジ、ピンク、赤と毎度色違いの通知が段階に応じてコンビニ払いの支払い表が届くだけ。窓口の人も優しい口調で対応してくれます、支払い表は3ヶ月貯めても大丈夫ですが4ヶ月になると止めるようです。常に遅れがちになってもそうは簡単に止まらないですね

 

滞納後の対応は各会社、行政によって変わりますが、仙台市はまず電気はしつこかったです。コンビニ払いの支払い表を送ってくるだけではなく、電話が来ます、それも結構な本数、サラ金レベルです。

 

さらにコールセンターのオペレーターも態度がかなり悪い、クレカ、キャッシング系の電話と比較しても回収部門に回されたあとに出てくるようなオペレーター。公共料金とは思えない見事な剥がしっぷり

 

ただ3回位特則が来て、今回払わないと本当に止めますよという連絡はくれます。そういう意味では良心的と言えば良心的。

 

とはいえ払い方を間違えれば一瞬にしてなにかが止まる状況です。そうなると支払いが一番後回しになるのが家賃となるわけです。

 

ところがこの家賃の交渉というのもけっこう大変です。

 

 

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仕事が出来ない収入も無い貯蓄はどんどん減っていく3

そんなわけで新規の収入は目処が立ちません。

 

街全体がインフラが回復しつつなんとなく日常が戻りつつあるかなという状況でも、世の中は新しいことにチャレンジしたいとか、非日常的なものを購入したいとは思わない状況です。

 

特に困ったのが自粛というやつで全国的に被災者に気を使って娯楽は控える、といった風潮です。こちらからすれば関東で相手にしてもらえなければ、もうどうしようもないということになってしまいます。

 

そんなことで打開策もなくどんどん貯蓄を吐き出していくことになります。

 

しかしこの震災期間中ですが光熱費などインフラ的なものは支払いをしなくても咎められることが全くなかったのです。自宅が流された、通帳など金融関係の書類はみんな紛失流出した、電話や連絡が全くできない、が珍しいことでもなくわざわざ言わなくても向こうの方でそうなんだろうなと処理してくれていたのです。

 

ですから日々の食費などの日常生活費や営業活動費にお金が集中していきます。もちろん生活費には生産性はありませんし、営業活動や広告費にお金を掛けたところでこれもまたこの状況では生産性がありません。

 

さらに震災でパソコンが壊れたプリンターが壊れたと、どうしても費用が掛かっていきます。お金の優先順位はとりあえず目先の請求書になっていきます。あとに回せるものはどんどん後回し。

 

そしてそれが本来の支払いのキャパを狂わせる元になるのです。すっかり支払いのスパンが狂ってしまい肝心のことを忘れてしまっている。公共料金や一部の支払いは減免されたわけでもなんでも無かったのです。

 

地震で大変でしょうから毎月27日の引き落としができなくてもすぐには止めませんよ、というだけのことだったのです。1ヶ月2ヶ月料金が引き落とされなくても、振り込まれなくても何も起きないのです。

 

督促状や催促状も電話の連絡、訪問徴収もなんにもないのです。それをいいことに全部後回しにしたのです、当然ですが料金は全てチャラになったわけではないのです。必ず溜め込んだ分はいつかは払わなければならないのです。

 

そしてそのいつかが訪れる事態となりました、、、

 

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仕事が出来ない収入も無い貯蓄はどんどん減っていく2

そんな状況ですから誰も仕事どころではありません。公共交通機関、電気ガス水道電話は止まっている、お店はどこもやっていない。生活の基盤が何もないわけです、まずは毎日4人分の食料、食材を調達しなければなりません。

 

よくパンでも食っとけ、カップ麺でも食っとけ、などと言いますがあれだけ数の多いコンビニもどこもやっていないのでそれすらない。しかもなんの予告もないので備蓄もないですしどうしたものかということです。

 

幸い仙台駅まで歩ける場所に住んでいましたから、街中中心部の商店街を徒歩で行くことには何ということもありません。街中商店街を歩くとやはりどこも休みですし、ぐちゃぐちゃな状態です。

 

駅からだいぶ移動して役場の方まで来てみると何十年も前から営業している肉屋がひっそりと店を開けているようでした。お客もいないのでとりあえず入ってみると冷蔵庫と冷凍庫が電気が一日半止まってたから日持ちしないし安く提供しているとのこと。

 

ということで卸値レベルでそこそこの肉を調達、そして散策に戻ると私のぶら下げている肉屋の袋を見て「どちらで買われたのですか?」と質問をされ、「あそこの道を曲がった肉屋で」などと会話をすると、次から次へと声を掛けられさすがに皆相当困っている状況であることを認識。

 

メイン通りよりも脇のほうがいいのかもと思い、飲み屋街として有名な道に移動すると片付けをしている人たちがいて「お食事どうぞ」とおにぎりや汁を無料で配っている。どうせ悪くなっちゃうからと安く食材を分けてもらう。自宅はすでに電気が復活しているので安く譲ってもらえた物をもって帰宅。

 

とこんな状況が続くのである、そして段々とどこのお家もストックも無くなってきて皆が街中に買いに来るのである。野菜類はどんどん値段が上がりキャベツや大根が1,000円と超インフラ状態、しかもお客がいるのを見たことがない店が開いているだけで大行列である。

 

パンや弁当のようないつでもコンビニで簡単に買えるようなものが全くないのです、まず工場のラインが地震でずれて使えない、従業員が出勤できない、ガソリンがないので配達ができない、と諸々の事情で長いこと食材ばっかりです。

 

相当長いことこんな状況が続き、1ヶ月も経ち少し落ち着くかと思われた頃また同程度の余震で逆戻りである。学校も始まらない、職場も始まらない、日常の生活インフラも止まったまま。

 

つまり私も食材調達以外やれることがないのである。新規開拓の営業はこんな時に全く出来ないし卸業に至ってはいつからまともに工場が稼働するのかは不明。つまりやれることはなにもないのです。

 

なにもないので収入も無くなります、そして貯蓄を使うことになるのですが12月と1月に事業制資金の借り入れをしているくらいですから、大した蓄えもないのです。3月4月5月と何もまとまな営業活動が出来ずに終わってしまいます。

 

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仕事が出来ない収入も無い貯蓄はどんどん減っていく1

2011年3月11日に東日本大震災がありました。当然のように日常生活がぐちゃぐちゃになるわけです。昨日まではその辺に買いに行けば手に入ったものが何も手に入らなくなるわけです。

 

あれだけ数の多いコンビニもダンボールがガラスや入り口に貼られ営業を中止しています、スーパや商店もどこも営業していない。高2と中2の子供二人がいる状況ですからまずは食料の調達が必要となります。

 

テレビなんかで自衛隊やボランティアが食料を持ってきたり炊き出しをしている映像を目にしたかと思いますが、それは避難所の話であって自宅にいた人たちは食材も食料もなければ、店がどこも営業していないので調達手段が全く無かったのです。

 

震災当時多賀城市で地元では有名な激安スーパーで嫁と買い物中に被災したので、我が家は食べるものがほぼない状態だったのです。さらにガソリンスタンドも営業していませんので自宅近くを歩って買い出しに出かけたわけですが、

 

当たり前のようにどこもやっていない、というより大きなスーパーとそこら中にあるコンビニ以外仙台市には存在していない事実に気が付かされます、当然のように一斉休業中。記憶をたどって個人商店に行ってみますがやはり営業していない。

 

ところが意外なところで数人の列を発見、そこはお菓子の卸のようなお店で日常全く気にしたこともない場所です。私もそうですが大人が積極的に入る店ではないでしょう、どちらかといえば駄菓子屋に近い感覚の店です。

 

ともかく並んで順番を待つと皆大量に買い込んでいるわけです、水と食料というよりジュースとお菓子ですが。なんにせよ食材のない家ですから贅沢を言っている場合ではありません、さらに電気もガスも止まっており3月とはいえ冷凍庫の中身もすぐダメになるでしょう。午後からは片付けがてら事務所に行って再度お店の散策です。

 

当時の事務所は仙台駅前のビルの10階にありましたが当然エレベーターは停止中です、階段で10階はかなりきつい。事務所に入ってみればホワイトボードから机から収納まで全てひっくり返っており、足の踏み場もありません。

 

とりあえずは倒れているものを起こして散らばったものを拾い集め、なんとなくの片付けは終了です。仙台市は水道そのものは止まっているのですが、この建物は給水塔が上にありそのタンク内の水がある限り水が使えるようです。

 

しかもテナントで入る会社そのものはどこも営業してないとみえ、転がっていたポットなどに少しばかり水をキープです。そしてお店を探しにメイン通りである仙台駅の反対側へと出向くと仙台駅もぐちゃぐちゃな状況です。

 

ところがよく見ると自動販売機の電気がついています、試しにお金を入れてみると普通に買えます。駅員に仙台駅は自家発電か聞いてみると「いま電気きたんじゃないですか?」とのお返事。

 

ということでなんと震災翌日の午後には仙台駅周辺は電気復旧です。急いで事務所に戻ると電気が復活しています、炊飯器と米を事務所にもってくるように電話。程なくしてホットプレートも持って家族全員事務所集合。冷たい食事からは半日で開放されました。

 

自宅マンションも夜には電気が復旧です、電気は街の中心から復旧していきガスは反対に海の方から復旧した様子です。結局ガスが復旧するまでは2ヶ月位掛かりました。

 

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1000年に一度の出来事がある日突然起こったら2

東日本大震災1ヶ月後から始まる地獄の日々ですが、簡単に言えば
無収入→貯金切り崩し→返済が滞リ始める→公共料金や家賃払えなくなる→生活も成り立たなくなる→事業停止→自己破産申立となるわけです。その間に関係各所に相談とか交渉とか督促とか、色々なことがあるわけです。

 

これを傍から見るとテレビドラマやマンガで見るイメージになるわけです、四六時中ガラの悪い男が「借りたもん返さんかい!オラァ~」とか壁一面に「金返せ!ボケ!」と張り紙されるやつです。

 

当然こちらも頭に浮かぶものはそういう類のものですからどんどん頭の中がおかしくなるわけです。そのめちゃくちゃな状況に加えて子どもたちは高3、中3に進級する、という地獄絵図。

 

お金がないという状況もツライですが、このあと一体どうなるのだろうかという恐怖心もかなり大きいです。なにせドラマやマンガで見るイメージではこのあと借金苦で失踪か自殺の展開になるからです。

 

とういうことで私もそれを考えてみたのですが、結局は実行しませんでした。そして無事自己破産となるわけです、自己破産にもものすごく悪いイメージがありますがなんということもありません。

 

官報には確かに住所と名前が出ていますがどこに書いてあるの?というレベルですし、そんなものまず誰も見ないでしょう。終わってしまえばなんということもありません。ただこれで終わりではありません、先程言った通り子どもたちは高3、中3、私はすでに40代半ば今後は借金も出来ません。

ここから復活するにはどうすればいいのでしょう?

 

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